医療メーカーの投資の方法

医療機器メーカーテルモの場合

私が親しくさせてもらっている経済人の一人に、医療機器メーカー・テルモの和地孝会長がおこのような地道なやり方を素直に実行できるのは、実は日本人以外にあまりないので品質の商品を開発し、医療現場に真の意味で貢献することにあるという。

 

ユーザーが信頼し、心から納得する商品を作っていれば、自然に業績が上がり、業績が上がれば、逆に投資家のほうが興味を持って話を聞きに来てくれる、というのである。

 

私も和地会長の仰るとおりであると思う。

 

そもそもIRが必要だというのは、不労所得流資本主義の論理であって、それを日本人が真似をしなくてはいけないという義務はどこにもないし、IRをすればかならず企業が発展するというわけでもない。

 

それに日本人経営者の多くは、欧米の経営者のように大風呂敷を広げて、ハッタリを利かせたプレゼンテーシヨンをするのが苦手である。

 

昔風の言い方をすれば、「身の丈に合わないこと」はしないほうがいいのである。

 

たしかに、投資家の間を飛び回って、PRに必要以上の精力を割くよりも、地道に、愚直に、医療現場に喜んでもらえる最高の製品を作っていくことに傾注するほうが日本人の性に合っている。

 

大向こうを狙ったパフォーマンス、プレゼンテーシヨンをしなくても、トヨタの成功を見れば分かるように、日本流に誠実に丁寧に物作りをしていれば、海外の消費者もやがてそれを正当に評価してくれるのである。

 

もちろん、そうした評価を維持するためには、地道な努力を続けていくしかないわけだが、しかし、日本と同じような「評判」を、たとえば中国などの新興国が獲得しようとしても、それには最低でも一○年、二○年の時間が必要となる。

 

さて、ここまで見てきたように、今の日本は、新自由主義の発想に引きずられたため、日本本来の良さを失いつつある。

 

それは単に格差の拡大、治安の悪化、社会福祉の低下といった個々の問題だけではなく、日本という国の国力、経済力までが今や、将来への期待を持てなくなりつつあるというレベルにまで達しているのである。

 

では、いったいこのような状況を改善していくには、どこから手を付けていくべきか。

 

そこでまず何よりも早く行なわなければならないのは、急激に増えている貧困層をどのように社会として救済し、援助していくかという問題である。

 

「貧しさは自助努力が足りないがゆえに起きたことであり、国家や社会が手助けをすることは本人を甘やかすことになる」といった新自由主義的な思想では社会は壊れていくばかりであり、日本経済の潜在力もどんどん失われていく。

 

この状況を一刻も早く変えなければいけない。

 

そこで我々がまず参考にしなければいけないのは、不労所得流の新自由主義とは対極にある北欧の国々のあり方である。

 

これまでの市場主義の考えからいえば、国民に対して手厚い福祉行政を行なうことは人々の勤労意欲を奪い、イノベーシヨンを阻害し、高い税負担が自由競争の力を弱めてしまうと言われてるのだから、そのことを明確に自覚し、大事にすべきではないだろうか。

 

ところが、この章でもしばしば触れてきたことだが、今、世界各国の中でもデンマーク、スウェーデン、フィンランドといった「高福祉・高負担」の北欧諸国が高い経済競争力を示している。

 

個々の企業レベルで見ても、今や携帯電話のノキア(フィンランド)、家具のイケア(スウェーデン)、家電のエレクトロラックス(同)など、世界的に注目されている北欧企業は多い。

 

デンマークも、家具や造船など、世界に通用する競争力を持つ企業が多い。

 

従来の市場主義では理解できない、こうした北欧経済の発展ぶりについては、さまざまな角度からの解釈や説明が可能であろう。

 

だが、私は北欧諸国の経済がいま活況を呈している根本の理由として、そこに暮らしている人たちが「安心感」を持って働いているということにあると考えているのである。

 

いや、むしろそう考えない限り、人口的に見ても小国であるデンマークやスウェーデンなどが、西欧先進国に並ぶほどの国際競争力を持ちえることは説明できない。

 

というのも、これらの国々の「国民負担率」(税負担と社会保険料負担の合計)はなんと七○パーセントを軽く超えているのである。

 

つまり、収入の七割が政府に吸い上げられているということであり、これは不労所得的発想に立てば、全体主義の国家であり、収奪国家ということになる。

 

だが、これだけ国民負担が高くても、北欧の人たちは自分たちが政府によって虐げられているとか、搾取されているとは思っていない。

 

そうした負担は、他ならぬ自分たちの現在と未来の生活を守るために拠出しているものなのだという意識があるからである。

 

つまり、国民の政府に対する信頼感が日本に比べると圧倒的に高いのだ。

 

デンマークでは四○年間居住し、一定の年齢を迎えれば基礎年金が全額支給される。

 

言っておくが、給付の資格についてはデンマーク国籍の有無は関係ない。

 

デンマークに居住して四○年間、税をきちんと納めてさえいれば、年金が全額給付される。

 

つまり、デンマークの年金制度は、日本のように保険料で収めるのではなく、税方式になっているのだ。

 

ちなみに夫婦二人の標準ケースでは、基礎年金額はなんと月額三○万円だという(もっとも、デンマークでは年金にも所得税がかかるので、手取りは一八万円くらいになるらしい)。

 

しかし税方式のために財源が安定しているために、デンマークの人々は日本のように将来を心配する必要がない。

 

だから、ほとんどの人は老後のために貯蓄をしたりしない。

 

社会が、国家が老後を守ってくれると思うから、自己防衛の必要を感じないのである。

 

さて、こうしたデンマークの福祉のあり方を聞いて、あなたはどう思うだろうか。

 

日本もただちに北欧型の福祉制度に変えるべきだとお考えになるだろうか。

 

おそらく多くの人は「働いても、働いても、七割以上も税金に持って行かれるのは嫌だ」と考えるに違いない。

 

そもそも、社会保険庁のスキャンダルなどで「国家に自分たちの収入の七割も預けるなんて、とんでもない」と思う人が圧倒的に多いに違いない。

 

そうすれば、中身を十分議論しないで、ただただ「改革!改革!」と叫びまわる必要もなくなるはずだ。